焦燥感にやられた週末

焦燥感の赴くままに受けた、某別会社の筆記試験の不合格通知が届いて凹み、

土日は久々に押し潰されそうな不安に負けて、さめざめと布団の中で泣き暮らしました。

こういうときに限って「愚痴聞いてくれ」メールや「お前そんなんだからダメなんだよ。何でもっとちゃんと考えられないんだよ」「お前は回りが見えないダメな奴なんだから考えたって無駄なんだ」「子供の時はまともだったのに、どうして今はダメなんだ」「毛色が違う上にコミュ力もないって人生辛いね」というごもっともな正論を浴びる機会が多くなるんだよね。

始まりの記憶がよみがえった

唯一の収穫は、焦燥感に襲われて泣いているときに「今の抑うつ気分の根本をなす」と思われる子供の時の記憶がふと甦ったことくらい。

「どうやら自分は周りから見るとよくわからん奴らしい」「そしてそれは実の親も感じているらしい」「素のままで居ると生きづらいから『私はまともだ』と世間に表明するか、死ぬ気で馴染むか、多少変人でも許して貰える印籠的なものが欲しい」「私が話を聞いて欲しいと願われるときは、ただ都合のいいように相槌を打って、望む答えを言って欲しいだけであって、私自身どう思っているかは関係ない」と考えて、勉強だけは頑張っていた。

まんまの自分は受け入れられないが「成績のいい自分」「欲しい言葉を的確に言ってくれる自分」「この二つを確実にこなしていたら人はある程度、私の異質な部分を受け入れてくれる」と気づいたとき、どうにも情けなくて辛かったのを覚えている。

今はつらいけど、この辛さは大人になった自分が必ず解決してくれているからと考えて頑張っていた昔の自分に、今の自分はどう見えているのだろう。