てきとうふき

人生の迷子になってるオペきちです。こんにちは。完全に頭ぐるぐるしてます。

主語が自分じゃなくなってた件

いつものように考え事をして頭ぐるぐるしていたときのことです。
そーいえば、ここ数年、物を考えて決断するときの主語が「会社が」「世間が」「常識が」になってるよなぁ。
「私が」「自分が」を主語にして考えたことなんて、数えるほどしかないんじゃないか?ってことに気づいたのです。

主語が自分じゃないから、正解を導きだしてもつまらない。納得してないからすっきりもしない。
じゃあ、社会の力学など知らないけれど、ほどほどに人生について決めなければいけない時期であろう高校、大学時代の自分はどういう判断基準で物考えていたかな。と気になったので、振り返ってみることにした。

てきとうふき←字は調べてくださいな

子供なりに人生の決断を迫られた大学受験や就職活動のとき、常に意識してた言葉が↓である。

倜儻不羈とは - はてなキーワード

いかつくて格好いい字面はもちろんですが、何よりも意味にぐっ!ときた。
才気が優れ、独立心が旺盛。周りに縛られず、自分の信念のもとに考え行動する様。信念と独立心を持ち人に左右されない様。という意味らしいです。

高校時代から型にはまれず、常にはぐれ狼で何かときつかった自分も、この言葉のように気骨をもって生きたら人生楽しくなるのかな?
自分の信念を持つことで救われるなら、そんな人間になるために生きていきたいなぁ。という憧れから、何を考えるにしても、選ぶにしても、この言葉を片隅に置いて生活するようになり、人生楽しくなったいたことを思い出しました。

つい最近まで忘れていたけど、今もこの言葉は大好きだから、この言葉はオペきちが生きる上で指針になっているのだろうなぁ。
この言葉を胸に抱いて社会人をすると苦労しそうだけどな。またこの言葉を指針にして生きてみようかな