(´-`).。oO(もやしメンタル発動中!)

明日から古巣に丁稚奉公へ出されます

丁稚奉公に出されます - (´-`).。oO(今更、そんなこと言われてもね、、、)

もう出てってから3年もたつんですけど
明日からしばらくまたあそこにいるのか、、と思うと

本気で眠れない(爆)

こんなに自分のなかで割りきれていなかったとは我ながらビックリだ。(=_=)
精神面で一度折れるとなかなか立ち上がれないってのは本当なんだな。と、今痛感しております。

割りきれない=当時何が起こっていたのか未だによく解らない

割りきれない理由は「当時、どうして自分はあんな目に遭ってしまったのか」と理由を探してるからだと思うんですよ。
解らないまま、気がついたらボロボロで再起不能寸前まで追い詰められてたら人間まずは「どうしてこうなったのだろう」って考えるのが普通だと思うんですよ。
で、自分なりに「こうすれば状況から脱却できる」と思う仮説を試しては失敗して倍返しされるのを繰り返すわけです。
やる気がなくなって動くのをやめたら状況は悪くなるばかり。動いても止まっても嫌みや罵倒はとまらない。もうどうしたらいいかわからん。
そんな当時の気持ちをオペきちはまだズルズルと引きずってます。

当時の気持ち

もがくだけもがいて、心のネジが外れ始めたころ、回りが遠巻きに自分を見て「様子が変だ」と陰口を叩きはじめた。このあたりから、オペきちの記憶はあまりない。
が、最近少しだけ当時の記憶がよみがえってきた。
陰口と同時に「見てくれている人は見てる」という人の存在も知り、ありがたいと思う。
でも、動いても止まっても沈むばかりの沼のなかにいる自分としては「がんばれ見てる人は見てる」という励ましじゃなく、沼から抜ける助けが欲しいと願っていた。
直接助けられなくても、掴まれる縄を投げ込んでくれるとか、ただなにも言わずにいてくれるとか間接的でもいいから言葉じゃなくて行動で「味方だよ」と示してくれるような助けが欲しかったんじゃないかと今になって思う。