手痛くやられた嫌な記憶は忘れなくていいと思う

もう部署異動して3年になろうとしているけれど、電話お姉さん時代に受けたパワハラが忘れられません。そんなオペきちに回りが言うアドバイスは

「もう何年もたつのに忘れられないなんて凄い。後ろ向きな性格だね」
「嫌な記憶は忘れて前に進め」
「そこまで覚えてるなんて、その記憶を上書きする楽しい経験がないからだ」

という類いが多い。

その度に忘れられない自分を責めてたんですが、最近思うんですよ。
無理して忘れる必要ないんじゃないかって。

人格全否定されて、目の前の仕事一生懸命やればやるほど馬鹿にされて、まだそんな仕事続けてんの?私だったら止めてる。バカじゃないか?って8年間も言われ続けて生きる気力を根こそぎとられるって、ある意味、命の危機だと思うんだよね。
人間からひどい目に遭わされた動物は、その経験を忘れず 学んで人間に近づかなくなるじゃないですか。
同じような理屈で、また命の危機にさらされないために、あえて脳みそが記憶を保持してんじゃないかと最近思うようになった。

てか、やられたことを覚えてんのは当たり前だ!根に持つなんて暗い?やられた経験や嫌な記憶に囚われて前に進めないなんて可哀想なんて呑気に言える方が無神経だわ。甘いわ。
そういう人は、本当にイジメや理不尽な人間関係で苦しんだことがないんだろう。死にたいほど不甲斐ない自分を憎んだこともないんだろう。羨ましい話だ。

命の危機を感じるレベルで自尊心も心の気力も奪うのがイジメでありパワハラ。そんな暴挙を無理矢理忘れる必要はない。むしろガッツリ思い出して怒れ。怒ることが心の気力や自尊心の回復に繋がるのだ。と思う。
忘れられないのは心が自分を守ろうとしてる防衛反応の一種で、キツい体験とちゃんと向き合おうとしている証拠だろうな。とオペきちは思います。

やった人に仕返しとかは思わんが「今同じことをやられても大丈夫」と自信を持てるくらいには変わっていきたい。