感情の出し方

オペきちは喜怒哀楽の怒と哀が全く顔に出ないらしい。
これは今のカウンセラーの方をはじめとして今までお世話になった歴代のカウンセラーの方にも言われている。

怒りと悲しみが表に出ないゆえ、回りからは「こいつには何をしても泣かないから、まだ大丈夫なんだろう」「何をしても怒らないから大丈夫なのだろう」と解釈され、手痛くやられて追い詰められてしまう。表に出さない限りは分かって貰えずエスカレートするばかりだから、自分を守るためにも怒と哀の感情は表に出せ。と何度もアドバイスされました。

オペきちからすれば、その人が感情を表に出しても大丈夫と安心できる環境に身をおいているとは限らないので「その人が何も言わないから大丈夫」って判断基準より「今その人がおかれてる環境+その人が言われてることや周囲のその人に対する言動」で、その人が追い詰められているのか見た方が間違いないんじゃないかと思うのですよ。
なんで表にだしてないからって理由だけで大丈夫って確信すんのかが純粋に不思議でした

そのアドバイスが腑に落ちない理由

そんな感じの話をすると「それでも表に出した方が解ってもらえる可能性は上がる」と言われるのですが、オペきちはこのアドバイスに懐疑的です。
理屈としてはそうなんですが、表に出しても受けとる側に聞く姿勢がなかったら返って追い詰められるのが現実じゃないかな。と思うんですよ。
むしろ、感情を表にだした結果「こいつ怒ってる(泣いてる)から止めよう」じゃなく「こいつ怒ってる(泣いてる)。面白いからもっとやれ」になる可能性も高いと思うんだよね。
感情的になるとつけこまれる可能性もあるので、嫌なことがあったときは怒らず泣かず、ない気力を振り絞って論理的に話しても「あ、こいつ論理的に話せる余裕があるから大丈夫」って解釈する。
これはオペきちの個人的解釈ですが「表に出さないから解らない」って解釈する人は、どう転んでもシグナルを都合のいいように解釈するんじゃないかと思うんです。なんとなく。
相手が再起不能になって仕事やめる。とか、明らかにわかる形で事態が表面化しない限りは相手のシグナルを受け取ろうとしないんじゃないかな。と思うわけです。
あと、ポジショニングがすでに「なにやっても大丈夫」ってラベリングされると、怒と哀を表に出しても重要なシグナルと受け取ってもらえる可能性は低いと思う。
そんなことを言うと「解ってもらえる人が見つかるまで表にだし続けろ」と言われるわけですが
表にだし続けて疲れてきたからこそ今ここに来てカウンセリングうけてるんだろうが!(^ω^#)と心の中で突っ込んでます

それでも出さないより出す方が楽

かといってウジウジするより表にだした方が自分自身が楽になるので、怒と哀の感情を上手く出してこうと思います。そうした方が、より良く楽に生きられる気がするので。ではでは