自分がやる仕事の範囲の線引きについて

またまた仕事日記。

本格的に病院やカウンセリングに行きだす前から常々思ってることがある。
それは「仕事をするときは、自分の仕事を引き継ぐ次の人の負担や手間が極力少なくなるように」仕事をすること。
省ける手間は省いた方が楽だし、その方が自分の気持ちが軽くなるから。というのがその理由。
そういう考えを通していたら、いつのまにか自分の首が回らない状況になり、己を追い詰めてしまっていた。

間違ったことはしていない。でも自分が予想していたよりも手間や雑用が増えてしまった理由を考えると
「自分と同じように、回りの人も互いの手間を減らすように仕事するのが当然だ」という思い込みがあったからだろう。
だから、自分がしなくてもいい仕事を押し付けられてるかもしれないという発想がなく、来るものを全部引き受けてしまった。
あそこで思いきって「今は無理なんで、ここからは○○さんでお願いします」勇気があったら人生少しちがったなと思う。

非常用エレベーターで出会った全く知らない人に「死んだらアカン」と小一時間言われちゃうような雰囲気をまとう程度に追い詰められつつあったある日、回りの人にこんなことを言われた。

「ずるいことやいい加減なことをしている人は回りが見て解ってる。ちゃんとやってるところは見て認めてもらえてるから頑張れ」

それを聞いた当時のオペきちの心情はこうだった。

認めて貰うためにやってんじゃない。自分がやりたいからやってるんですよ。
見てもらえなくても気づいてもらえなくても別にいいんです。
「あいつ頑張ってる。」って言って傍観してるだけなのは仕方ないとして、第三者から見て、頑張らなくてはいけないのは「ずるいことやいい加減なことをしている人」じゃなくて、オペきちになのはなぜですか?

その時に、間違ったことをしてなくても追い詰められることは多々あるということと、世の中の仕組み的には、追い詰められているAさんが倒れたり動けなくなったりしない限り、回りの人は「Aさんが追い詰められた原因をなくそう」と動くことはないんだな。ということを学んだ。
だから追い詰められる前に自分でなんとかしなきゃいけない。とも思うようになった。思うようになったときには立ち上がれなくなってたから、もう少し早く気づけばよかったと今になって思う。

紆余曲折を経て、お坊さんじゃないんだから、己のことも一人前にできないくせに他人の手間省くことばっか考えてるんだ。まずは己のことをきちんと一人前にこなすのが先。と心の底から思うようになった。
なので、気持ちが安定するまでは、他人の手間が少々増えても、自分の都合を最優先にすることにした。

気持ち的には楽になったけど、結果的に他人の手間を増やしてしまってる罪悪感で胸がチリチリする。