仕事の進捗報告から自由の難しさに思いを馳せる

またまた仕事の話。相談と進捗報告、自由にしていい。という言葉について。

仕事の進捗報告は、言わなければいけない人に加えて、組織の筋的には別にいう必要はない人だけど、言わなきゃ後々口を出してきて面倒だろうな。という人には「相談があるんです」と話を振って言いに行ってる。
相談することで、余計な上下関係をつくってしまい、ゆくゆく追い詰められることは分かってるけど、言いに行ってる。

口出しをされても、折れなければいい。負けなければいいという話なのですがそうはいかない。
オペきちはポジション的に最底辺にいる。オペきちは何年かぶりに入った新入社員だったので、仕事で意見が割れたときに話をする相手は、必然的にオペきちより何年も社会人歴が長い先輩になる。
社風的にもやはり長くいた方の方が発言力は強いし、なによりも経験から裏打ちされたものと言うのは大抵の場合正しかったりするので、最終的にオペきちの提案が採用される可能性はゼロに近い。

「経験に惑わされて視野が狭くなることもある。経験がすべてじゃない」とおっしゃる方も多いと思うが
一部を除き、人はそう簡単に変わる生き物ではないので、長年の経験から裏打ちされたものを覆すには、それなりの根拠と話し合いの時間と資料とコミュ力とほんの少しの根回しが必要不可欠。

自分の考えをなるべく反映させるために頑張っても「これは仕事的にダメだから直せ」と押し切られた結果、スケジュール進行がキツキツになって、一緒に作って貰う人に多大なる迷惑をかけるかもしれない。

そのリスクを考えると、限られた時間で己の主張を通すより丸く納めたいな。という気持ちが勝っちゃうダメOLです。
もう確実に行けると確信を持ったときか、時間がアホみたいにある時じゃないと己の主張は言いません。

諸先輩方の言う「自由にすればいい」は「私が想定する範囲を若干はみ出す程度」の自由。
なので、自由にしていいと言われたときに、まずオペきちがすることは
手を変え品を変え、その先輩が仰る「自由」の幅を探ることです。

本当に自由にしていいのか、お伺いを立てるのか、自由にさせる気は更々ないけど、先輩っぽいことを言いたいがために言ってるのか。

そういうことを考えると、自由って言葉は本当に便利で難しいなーと骨身に染みて思います。