備忘録。ゲシュタルトの祈り(2)

これの続き

備忘録。ゲシュタルトの祈り(1) - (´-`).。oO(今更、そんなこと言われてもね、、、)

グッときた一説は

「わたしはわたしのことをやり、あなたはあなたのことをやる」

「わたしはあなたの期待に応えるためにこの世に生きているわけではない」かな。
とくに「あなたの期待に応えるために~」が当時のオペきちの心をグッと掴みました。

思えば「あなたは集団の立ち位置的にこういうところにいるんだから、刃向かわずに黙っていじられなさいよ」
「私がここまでやってんだから感謝しなさいよ」という無言の圧に負けてきた人生だった。
この無言の圧力、オペきちはネガティブに捉えていたけど、回りは「期待している」と言っていた。

こいつなら、多少無茶しても許してくれる。という期待と、この子のためにやってるから、お礼を言ってくれる。という期待。

個人的には、基本、人には直接頭を下げて、誰が見ても頼み事をしてるって解る形で頼むのがその人に対する礼儀だと思ってるから、
場合によるとは思うけど、頭を下げず、無言の圧力で思い通りに事を運ぼうとするのはその人にたいして失礼だと思うんだ、、。

ここまでやってんだから。と、無意識のうちに相手に求めてしまいそうなレベルまでの親切は、相手からしたら「別に頼んでないからそんなこと言われても」という気分だろうし
相手からしたら重荷になると思うんだよね。「してやってる親切」は相手を束縛する心の鎖になって、その人の自尊心を傷つけることもあるんじゃないかな。「相手をダメにして永遠に自分の手元に置いて、私なしじゃ生きられないようにするの」みたいな念でその人が動けなくなることもあるんじゃないかな。(上手く言えんけど)

と、うじうじ思っていた本心がこの言葉によって救われたんでしょう。
あー、自分は「そんなの要らない」って拒否っていいと言ってくれる人がおるのだと。だからぐっとキタんでしょう。
この本心をいうと「薄情者!人の好意を素直に受けとれんなんて、このひねくれ者!」と言わない人が昔はいた。しかもそのことをこうして記録に残しといてくれた。という事実だけで泣くほど嬉しかった。

何も言わないことがものすごく相手を追い詰めることもある。一見、いいことに思える親切や気遣いもやり方や方法によってはものすごい暴力になる。と言うことに自覚を持っていたいな。

ゲシュタルトの祈りを暗唱する度、そんなことを決意した昔の事を思い出します。