立ち直りかけたときの大打撃

久々に家ネタ。端から聞いたら大したこと無いかもしれないけど個人的には大打撃なことを同居している親に言われた。
自分でも刺さった理由はよくわからない。
もうちょっと頭回ってから、刺さった理由を考えたいと思うのでとりあえずメモしとく。

「お前は姉と比べて背も高いしシワやシミもでてないから肌質にも恵まれてる。顔も綺麗に生んでやってる。勉強もできる。なのにどうして努力しないんだ。持ってる土台に甘えきって情けない」


ここで、つらつらと思考を巡らせてみる。
肌質、背丈、顔など、誉められてる部分が遺伝子レベルの話でオペきちはもちろん、親が狙って与えられるようなもんじゃないのに「生んでやってる」とまるで借りを作ったかのように言われるのはいつものこと。

上手く言えないけど、借りた覚えのない借金を無理矢理背負わされてるような状況で生きた心地がしないのです。
おかしいとは思うが、もし許されるなら、
顔も肌も背丈も「頼んで手に入れたもんでもないので、そこまでおっしゃるならお返しします」と、のし付けて返品したい。と子供の頃から思っていた。
この顔と肌と背丈である限り、私はずっと親に借りを作ったことになるのか。と思うと、顔も肌も背丈も好きにはなれんのです。私が好きでない以上、そこは磨くポイントではないのです。
「そんなに得してるって言うんだったら
端から見て、得してるなんて思われないように、貸し借りゼロになるレベルで、顔も肌も背丈も目立たないように潰す方向で努力します」となる。
おかしいとは思うが、なぜかそう思う。

教育をしてくれた。という面では確かに勉強ができるってのも与えてもらった部分はあるけど、
身に付けたのはオペきちが努力したって部分も大きいとは思うけどな。
でも、してやったって言葉が出るということは、努力したってのもあるけどやっぱり親の功績が大きい。と思ってるんだろうな。
そしてまた身に覚えのない借りを、必要以上に背負わされるのかと思うと、頭くらくらしてきた。
なにをやっても私の功績。と考える人との付き合いはどうしたら楽になるのだろう。