久々に原稿書いて、おもいだしたこと

本日、ひさびさに原稿を書きました。
題材は食べ物系でございます。興味ある題材だったので、書いてて楽しゅうございました。

原稿を書いて「楽しい」と思えたのは何年ぶりだろう。
就職活動で最後まで残った職種はコピーライター系が多かったことから
「あー、物書きだったら職にありつけるかも」と、ぐでぐでしながら考えて物書き目指したニート時代。
専門ではないものの、運良く、そっち系の職を目指せる可能性がある会社に入れました。
ある日のこと、たまたま、ある本の書評を書くチャンスに恵まれたことがありました。作文は上手くはないがド下手ではなかろう。と思い自信満々に書いた100文字足らずの書評が、赤すぎて目がチカチカするレベルで修正が入りました。真っ赤な原稿見た時はすごくショックで、会社のトイレでこっそり悔し泣きました。ヽ(´ー` )ノ

100文字って短い文章でここまで直しが入るんだから、プロの物書きは無理と腹の底から思いましたが、他に生活の糧にできそうなスキルがなかったことと
変な意地とプライドと執着心が邪魔をして「向いてないと思うから物書き目指すの止めます」という一言を口に出せませんでした。
代わりに「私は物書きになる」「向いていると思う」「文章書くのが好きだ」と、本心とは真逆のことを言い続けて、引くに引けなくなり今に至ります。
書かせてもらう機会をもらうために、全く自信がないのにも関わらず、念仏でも唱えるように、何度も「文章書きたい」と繰り返し言ってるうちに、さらに引き際を見失う事態になりました。

書いてて楽しくない、情けない、面白くない。止める理由として三拍子揃ってるにも関わらず、引き際がわからなくなって、無様に物書きにぶら下がる自分が情けなくて、文章書くのが嫌になりました。
そんなときに限って、物を書く機会が増えました。書くのは怖かったけど、断る勇気もなかったので、なんとなく書き続けました。

そんなときに、初めて書いた書評に修正をいれた物書きの先輩の言葉を思い出しました。
先輩曰く、吐くほど赤が入れられても、腹の底でどう思ってようと、技術が言うほど伴ってなかろうと、最終的に「私は物書きになるし文章を書ける人間だ」と口に出して言って書き続けてる時点でその人は「物書きに向いてる」人間らしいです。
この言葉の真意は、10年近くたった今も正直良くわかりませんし、同意もあんまりできません。

まー、でも、10年経ったら「書くの楽しいな」と思えるようになるくらいにはなってるよ。って昔の自分に報告したら、きっと飛び上がるくらいに喜ぶだろうな。それは間違いないわ