さよならフロイトヽ(´ー` )ノ

突然ですが、今通ってる病院に行くのやめようと思います。ヽ(´ー` )ノ

辞めようと思ったきっかけ

アドバイスが「割り切りなさい」「本を読みなさい」のみなのがしんどかったからです。耐えられなかったんです。すんません。(;´д`)

卒業しどきを意識したとき

本を読めというが、読む本が増える一方で疲れる。という話をしたとき
「克服しようとするから読む本が増える。受け入れて納得したら自然と読む本の数は減る」という言葉を聞いたとき。
「克服しようと思って何が悪い。本の数が増えて何が悪い」と内なる心の声が聞こえたとき。

互いが思う「落とし所」のちがい

「諦める、切り捨てる落とし所」を探る(ように思う)病院に対して、「脳みそが蒸発するまで考えて自分で納得できる落とし所」を見つけたいというオペきちの考えと噛み合わなくなって、嫌になったのかなと今は思っている。
同じ落とし所でも、「しょうがないから」という気持ちで見つける落とし所と、「やれることやったから」という気持ちで見つけるのとでは天と地の違いがある。
ある程度元気になり、もがけるようになったオペきちに必要なのは「混乱した自分と向き合う場」より
松岡修造ばりに前向きなスタンスで付き合ってくれる病院なのかもしれない。と自分で思ったとき、卒業が見えました。

その他、雑感

不信感を持ったきっかけとして「傾向ありという割には、具体的な症状の説明がない」というのもあった。

そのことを回りに相談すると「傾向ありって言葉で充分だ。そこから先は自分で結論を出すべきだ」「定義があいまいだし、比較的症状が軽いからじゃ?任せれば何とかなるよ」「ゆったり構えたらそのうち何とかなる」とよく言われたが
頭の機能が偏ってるってお墨付きを貰った状態で
自分の脳みそが出した結論が本当にベストな結論だって信じられるわけないじゃん。とオペきちは思ったんですよ。

こっちは万事手を尽くして、考えられる対策はすべて試した上で病院に来てる。
なので、ある程度の結論は自分のなかで出てるけど踏ん切りがつかない状態なんでふ。
しかも、病院に行くまでに、一人でできることの限界を思い知ったから、観念して病院に来たのに、
ただ自分の言葉をまとめたり、自分が不思議に思って質問したことに対して質問で返されたりすると、なんか腹立ったんですよね。こっちは必死なのに。って。

で、怒る元気が出てきた自分を発見して、ちょっと前進したな。とも思ったわけです