年表を作ろう

↓のような経緯で、自分の生育歴の年表を作ることになったよ(☆∀☆)

生育歴に触れたくない理由 - (´-`).。oO(今更、そんなこと言われてもね、、、)

この作業がなかなかの地獄っぷりで

「え?もしかして発達障害じゃなくてこっちの生育歴の黒歴史への対処がメインじゃね?」という感じに今なってます。

まー、ここに生育歴の下書きを引用しますと、、

キレると感情的になり手がつけられないキャラの母がいて、その母が姉をぼこぼこに殴ってる(テレビのリモコンがよく飛んでくる。蜷川さんかよ!)のを目撃し続ける幼少期。
母がキレたときに父は我関せず。姉が死ぬんじゃないかと思って、自分も負傷覚悟で間に入って母を止める。

母の変わりっぷりに不安になり、母が比較的余裕ありそうなときに「優しいお母さんが本物」という確証を得るためにべたべたする。
その時、母は「私がいい子だといいお母さんでいれる」とやたら言ってきたので、キレる母を見たくないが為に、過剰に気を使うようになる。

母に殴られて限界の姉を励ましつつ、少しでも母の不安定さがなくなるように「お母さんいつもありがとう」みたいなことを言い続けた日々、限界の姉が私を殴るようになる。

姉が私を殴るようになってしばらくしてから、円形脱毛症を発症。
それから母が若干私に甘くなり、甘くなったことに対して姉から不満が出る。
文句を言われないために、互いのストレスが最小限に済むように気を使う日々。
パシり的扱いも、召し使い状態になってもオッケー!って感じで暮らす

重い。文章化するとすごく重い。でも私の脳みそが再生する記憶はこうなっている。
私自身、この経験は克服したと思っていたが、実際そうでもないらしいと今痛感している。

だって、下手したら30年もこの気持ちを引きずってて、恨んでて、恨むのもアホらしいし無駄と頭では解ってるのに心はまるで昨日起きたことであるかのように引きずってる。私以外の家族は綺麗さっぱり忘れて普通に「そんなことあったね」って言っているのに

まだ過去の思いを引きずってるのが情けなくてたまらないが、ここまできたら、心が納得するまで付き合ってやるってのもありかもしれないとさいきんは思っている。