診断後におもうこと

頭も心も少しだけクリアになった気がするので、発達障害という診断をうけたメリットとデメリットを考えてみた。
デメリットは沢山あるので、厳選して書くことにする。

デメリットその1。 すんごい思い詰める。
「ひょっとして」とある程度覚悟していたとしても、診断名がでたらやっぱり思い詰める。「ひょっとして」と「確定した」の差はかなり大きい。
「ひょっとして」と思っているときに「これをしたら完全に治るかも」と希望的観測をもって生きていってる部分もあるわけです。
が、そんな気持ちでやっていた努力が「頭の構造の問題で、努力しても治らない」と解った時の失望、無力感。これは正直なかなかきついもんがある。

デメリット2。回りの対応がつらい。

気を使われてる感がつらい。理由はわからんが、怒ってるんだろうなーという状況がわかるようになったという意味ではプラス。
ただ、ちょっと行き違いが発生すると「あぁ、障害のせいか」と何でも障害に結びつけられるのは困りもんである。
前は「障害じゃなくて君の性格」って言ったじゃーん?と突っ込みたくなったりもする

続いて、メリット1。効率よく対策が打てるようになった。一人でやみくもに悩むより、身近な非とのアドバイスに従うより専門家のアドバイスの方が成功率が高い。

メリット2。無駄に心身消耗することが減った。

当たり前と思っていることかできない(わからない)人に対して、噛んで含んで解らせるという作業は、家族でも消耗する。他人なら尚更、消耗する。
そんな行き違いや誤解が日常的に起きる生活は中々ハードで、互いにちょっと精神がおかしくなる。
そういうときは、お金を払ってでも、適度な距離で話を聞いてくれる、全く関係ない第三者を間に入れて話すべき。
「家族だから、友達だからわかる。力になれるはずだ」はとんでもない思い違いであり、自分で自分を追い詰める鎖になる。

聞いてもらって満足するってレベルの問題じゃないですから。こればっかりは。
聞いたところで「こんなんも解らんのか」「そういう事が聞きたいんじゃない」という修羅場に何度も発展しますからねコレ。
もう、この問題についての会話は話し合いじゃないの。キャッチボールとか、ドッジボールじゃないの。

状況がいい時で、外交交渉

状況が悪くて、異種格闘技戦やってるようなもんだから

家族だから、友達だから見えないもんもある。わからないこともある。なら、お金が許す限りで、その人が見えているものの予測がつくであろう人を見つけて、任せてみるってのも立派な選択肢だと思うのね。私。その方が絶対楽。

途中から話変わりましたが、診断を受けて思うことはそんなかんじです。