同伴をなんとか避けたい

表題は、嘘偽らざる私の本音である。
と、いうのも、今の状況になった原因のひとつの可能性として
家族関係がつらい。という可能性がかなり高いからだ。
(なかでも兄弟関係ね)

そして、

家族だから、力になるべきだ
家族だから、支えなければいけない
家族だから、何でも話してもらえる

という前提はなりたっているのに

家族だから、相手が「今は話したくない」と言った時は、しばらく待ってみる

という前提は成り立たず

「家族だから、相手が話したくないと言っても、いかなる場合であれ私には話を聞く権利がある」

という前提は成り立っているらしい。それが私には理解できなかったりする。

気持ちの問題は、とっちらかった頭の中身と向き合う作業な訳で
自分でも気が遠くなるような時間と忍耐が必要だ。
向き合う作業で出てきた仮説や結論は、自分を納得させる材料になるかは、正直よくわからない。
その気の遠くなる作業の成果は、すぐに出ることもあれば
出ないこともあるだろう。
というか、すぐに出ないことの方がほとんどかもしれない。

そんな気の長い作業をするときのパートナーの必須条件は「待てる人」なのである。多分。
今、話したくない。言いたくなったら自分から話すから待て。と言って、待てた経験がない人は、家族であっても、今回のパートナーには不向きなのである。

私からすれば、家族って言葉を免罪符にしてズケズケと踏み込むでない!という気持ちなんだが
向こうは「家族だから、踏み込まれても当たり前」。
そんな、血で血を洗う水掛け論が、現在進行形で続いている